フシギダネ

会話で難しい言葉を使うと、なぜか面白いわけです。熟語が主ですね。「認めたー」って突っ込むより、「肯定したー」って言ったほうが面白いですよね。

でも昔、こんなこともありました。

 「内山理奈ってどう思う?」

僕「どっちかっていうと肯定」

 「は?コウテイって何?」

僕「否定の反対です」(否定の否定ですって言いたいのを堪えた)

 「あぁ。なにそれぇ。頭いいぶってる」

要はわかる人が少ないほど面白いという真理に基づいているのでしょう。


例えば“憤慨”などはよく使われますが、最近は正直飽きてきました。“付着”なんかも中学生ぐらいの時しきりに使ってましたが、忘れたころに使うとまたおもしろいですね。

“狼狽”は最近お気に入りですが、いまいちパンチが足りない気がします。

あと“白濁”も使っていきたいんですが、いかんせん機会がありません。石灰水に息を吹き込んだときぐらいでしょうか。

こないだちょっといいなって思ったのが“是正”です。TVに民主党首の前原さんが出ていて、自分の性格の悪いところを聞かれたときに

「最近は少し是正されてきたのですが、短気なところですね」

って言っててちょっと吹きました。